
シリーズNo.5 沖縄
よつ葉50年の歴史の中で、日本でも世界でもいろんな出来事や事件がありました。そうした出来事に対して、よつ葉はこれまでどのように向き合ってきたのか。このシリーズでは、そのいくつかを取り上げて振り返ってみます。
思い出話ではなく、よつ葉の活動と考えの礎になっていることを。そして未来の指針としていくために。
沖縄と本土の溝を埋め、平和な社会を実現したい
あれはいつだったか?
初めて那覇空港に降り立った時の衝撃!
窓からは自衛隊の格納庫と自衛隊機が見え、帰るときには米軍のステルス戦闘機が上空を飛ぶため民間機は待機を余儀なくされるという事態がおきていたのです。伊丹空港では以前自衛隊との共用反対の「人間の鎖運動」により民間機だけの空港になったと聞いていたのでびっくりでした。
そして街を車で案内していただいたのですが、なんと嘉手納基地と普天間基地で道路が分断されていたのです。
当時は在日米軍基地の75%が沖縄に集中し、本島の18%が基地で占められていたという現実。そんな沖縄にあって、沖縄物産企業連合は平和な社会を実現したい、沖縄は基地と観光で成り立っているような県だけれども、県内の一次産業や製造業を発展させ商品を県外に売ることで、県内を活性化し雇用を増やしたいとの思いで起ち上げられた会社です。その考え方に共鳴し、私たちはお付き合いを始めたのでした。
そして2015年には生産者交流ツアーで沖縄を訪問、会員の皆さんにとって強く印象に残ったのは新基地建設予定地での辺野古でした。元沖縄県知事の故大田氏との対談、平和祈念資料館、辺戸岬や伊江島、久米島、対馬丸記念館訪問等々を通じて、各地での沖縄戦での事実を知り、そしてまた、低所得やひとり親家庭が多いこともあって子どもの貧困率が3割もあり、基地があることによる事件や事故の多さを知るにつけ、いかに無知であったことか!
残念ながら現在に至るまで事態は解決されず、相変わらず観光でにぎわい、沖縄は唯一原発のない島ということで移住者が増えているようです。観光であれ、移住であれ、仕事で訪れる者も含めてきっかけとして沖縄と本土との溝を埋め、平和な社会を実現できたらと願っています。
(元ひこばえ代表 鈴木 明美)

2007年270号ライフ表紙 普天間基地(中央)と嘉手納基地(左上)

2014年5月 元県知事大田昌秀氏(中央)、沖縄物産企業連合 田場氏(右)と鈴木 明美