
シリーズNo.8 東日本大震災
よつ葉50年の歴史の中で、日本でも世界でもいろんな出来事や事件がありました。そうした出来事に対して、よつ葉はこれまでどのように向き合ってきたのか。このシリーズでは、そのいくつかを取り上げて振り返ってみます。
思い出話ではなく、よつ葉の活動と考えの礎になっていることを。そして未来の指針としていくために。
被災された人たちに心を寄せ、これからも行動していきます
2011年3月11日14時46分、東日本大震災が発生しました。発生当時、大阪府堺市の配送センターでの仕事中に東北地方で大きな地震があったと聞き、事務所内のテレビをつけました。そこに映っていたのは津波で流されている飛行機や車、家屋など現実ではなく映画でも見ているかのような光景で状況が理解できずにただ眺めていたのを覚えています。
そこから1ヶ月後、全国の生産者さんから集まった物資をトラックに積み、東北地方のお付き合いのある生産者さんのもとに向かいました。夜に大阪を出発し、岩手まで高速道路をひたすら走るのですが、東北道で急に道が悪くなりました。地震でガタガタになった夜中の東北道は明かりもなく、車がボンッと跳ねて初めて段差がわかる、それが何度もありました。道中、通行止めなどもあり迂回しながら、リアス海藻店さんや木村商店さんなどに立ち寄って、岩手県陸前高田市に着きました。八木澤商店さんが支援物資を集めていた自動車教習所に行き物資を渡してからは、流された工場の道具を探したり、1週間ほど一緒に作業をしました。想像もつかない辛く厳しい災害に遭われていても、皆さんが元気に励ましあって前を向こうとしている姿に、逆に元気と勇気をもらいました。
その後は、宮城県石巻市にある高橋徳治商店さんの工場復旧作業を継続的に行いました。自宅も工場も津波被害に遭われた高橋さんに元気を取り戻してほしいとの想いで数カ月かけて、よつ葉スタッフで数人の班を組み、1週間交代で途切れることなく作業を続けました。「なんで、こんなことしてくれるの」と高橋さんに聞かれ「工場をきれいにしたいから」とか…そんなことしか答えられませんでした。東日本大震災では地震による災害だけでなく、津波による被害も甚大でした。そして人災とも言える福島での原発事故による被害もありました。あの被災地での経験は、人間(自分)の無力さを痛感したと同時に人間の強さを知りました。そして自然には抗えないこの社会の脆さを知りました。
2024年の1月1日には能登でも大きな地震がありました。そしてこの原稿を書いている8月現在、熊本県でまた大きな地震があり、たくさんの方が被災されました。東北にも能登にも熊本にも被災されても懸命に頑張っている人たちがいます。被災された人たちが一日でも早く日常の生活と、心からの笑顔を取り戻せるように、個人としてもよつ葉としても、皆さんと共に行動していきます。
(大阪産地直送センター 久米)

高橋徳治商店旧社屋出荷場。津波が流れ込んだ跡(2011年4月)

八木澤商店。旧倉庫以外のすべてが流された(2011年4月)