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よつ葉ホームデリバリー

2023年12月号(152号)-3

 

 

 

2023年、農や食にまつわる
気になる動きを振り返る

 

山口 協(地域・アソシエーション研究所)

 

 

 

 

 2023年も残り少なくなってきました。今年も1年を振り返り、農や食にまつわる気になる動きについて考えたいと思います。

 

 

農業基本法の38年

 

 昨年10月、農林水産省の食料・農業・農村政策審議会に基本法検証部会が設置され、食料・農業・農村基本法の見直しに向けた議論が始まりました。今年5月の「中間とりまとめ」を経て、9月には法改定の答申が農林水産大臣に提出されました。農水省はこれを基に改定案をまとめ、来年の通常国会に提出する予定とのことです。
食料・農業・農村基本法は日本の農業の全体的な方向性を定めたもので、「農政における憲法」などと言われます。これまで1961年に「農業基本法」、1999年には「食料・農業・農村基本法」が制定されました。今回は3回目の基本法制定となります。1961年の基本法は高度経済成長のなかで拡大しつつあった農業・工業間の所得格差の解消、そのための農業の近代化・産業化を目標としました。戦後の食糧難もあり、日本の農業は長らく小規模農家による自給を基本としていましたが、やがて工業の発展にとって「足かせ」と見なされるようになりました。そこで機械化や営農規模の拡大と同時に、麦や大豆など国際競争の上で不利な作物から撤退し、米、野菜、果樹、畜産など付加価値の高い品目へ集中することによって、「生産性の低い」自給的農業から産業的農業への転換を図ることになりました。
しかし事態は想定通りには進みませんでした。農業の機械化や生産品目の集中は進んだものの、小規模農家は離農ではなく兼業によって存続したのです。この結果をどう評価するか、それは農業をどう捉えるかに関わるものだと思います。

 

呉越同舟の食料・農業・農村基本法

 

 1999年の基本法は「食料・農業・農村」と銘打たれています。1961年の基本法が、農業の転換に伴って食料や農村にまつわる問題も連鎖的に転換すると捉えていたとすれば、1999年の基本法は各領域ごとに方針を立てなければならない状況に直面したわけです。
実際、両基本法の間にある38年のなかでは、すさまじい勢いで国際的な農産物貿易が拡大し、それに伴って農業政策が国家間の争点になるといった事態が生じました。一方では食べものに対して生産量や価格だけでなく、安全性や質を問う視点が拡大・深化しました。また農産物の生産に限られない、農業や農村のもつ多面的な役割(注1)への注目も進みました。
ただしそれらは必ずしも総合的に捉えられているわけではありません。農業政策の面では従来どおり小規模農家から大規模農家への農地集中によるコスト削減と国際競争力の確保といった農業産業化が指向され、それとは別の枠組みとして農業の多面的機能や農村政策が置かれている状態です。原理的に相反する二つの考え方が呉越同舟し、その結果、時の政権の姿勢によっていずれかに大きくぶれる傾向が見て取れます。
この点は個別所得補償を軸に多様な担い手の支援を掲げた民主党政権下の農政から、輸出志向の「攻めの農業」を掲げた第二次安倍政権下の農政への転換が象徴していると言えるでしょう。

 

国の農政に惑わされず

 

今回の基本法改定(新基本法の制定)については新型コロナのパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻、気候変動に伴う環境の激変などによって安定的な食料生産・調達の見通しが悪化したことを背景に、食料安全保障の強化に向けた問題意識が契機になったとされています。それ自体はもっともなことだと思います。
とはいえ1999年の基本法から四半世紀近くが経つなか、農業をめぐる状況がどうなったのか直視しなくてはなりません。たとえばよく使われるカロリーベースの食料自給率では、1999年の40%から2021年の38%へと、上昇どころか微減しています。1995年と2022年の比較では、自営農業を主業とする基幹的農業従事者は256万人から123万人へ、農地面積は504万ヘクタールから435万ヘクタールへ減少する一方、農家の平均年齢は59.6歳から67.9歳へと上昇しました。「食料安全保障の強化」どころか、その基盤は風前の灯火です。
政府は昨年末、日本を取り巻く安全保障環境の悪化を理由に安保関連三文書を改定し、防衛費を今後5年間で43兆円、現行の1.6倍に増やすと決めました。しかし武器と兵員をいくら確保しても、メシなしで戦えるはずはありません(もちろん戦うべきではないのですが)。「安全保障」を云々する政府自身が現状を真面目に考えているのか、疑問に思わざるを得ないところです。
現代の農業はただでさえ飼料や肥料の多くを、何より機械化の源となるエネルギーのほとんどを輸入に依存しています。こうした農業こそ生産性が高いとして推進してきたことについて深刻な反省が必要だと思われますが、9月に出された答申にはそうした姿勢はうかがえません。スマート農業(注2)や農福連携、持続可能な農業といったキーワードが散りばめられる一方、軸足はどこにあるのか、1999年の基本法に見られる呉越同舟は変わっていないようです。おそらく「斜陽省庁」たる農水省としては、軸足をはっきりさせるよりも八方美人に徹した方が予算獲得に都合がよいのでしょう。いずれにせよ、私たちは国の農政を注視しつつもそれに惑わされることなく、生産と消費をつないでいくことに軸足を置いて地域農業の持続と発展を見据えていくべきだと思います。

 

付記
※本稿を書くにあたって今年2月17日に開催されたFFPJオンライン連続講座第22回における池上甲一さん(近畿大学名誉教授)の講演「食料・農業・農村基本法の総括と新基本法への視座」を参考にさせていただきました。謝して記します。

※興味のある方は、「食料・農業・農村政策審議会基本法検証部会」でネット検索すると、農水省のサイトで食料・農業・農村基本法の改定をめぐる論議をたどることができます。

 

(注1)国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承、福祉的な要素など。

(注2)ロボット、AIなど先端技術を活用する農業、情報蓄積による管理農法やドローンによる農薬散布など。