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よつ葉ホームデリバリー

2023年8月号(148号)-3

 

食環境を豊かにする地域づくり
ローカルフードシステムから始めよう

西山未真(宇都宮大学農学部教授)

 

私たちの生活の新たな局面

新型コロナパンデミックに翻弄(ほんろう)された私たちの生活が新たな局面を迎えている。いわゆる、ウィズコロナの日常を歩みだしたというところだろう。コロナ禍は私たちの食を巡る環境に大きな変化をもたらした。一番驚いたのは、世界中の生産地から世界中の消費地を経済効率性でつなぎ、スーパーマーケットに供給するグローバルフードシステムが、世界的パンデミックの前では意外ともろかったということである。

逆に地域ベースの食と農の関係=ローカルフードシステムが日常的に機能したことも印象づけられた。興味深いことに、アメリカではコロナをきっかけに3割の世帯で食料の自給を始めたというデータも示されている。日本を含めた世界の多くで生産に直結、あるいは生産に近いところで消費するローカルフードの需要が増え、その傾向はウィズコロナの時代も続いている。

ここ10年ほどの間に、フードバンクや子ども食堂が急増している。すべての人にとって身近で不可欠な「食」が、当たり前には手に入りにくい状況が生まれてしまっているからである。拡大している経済格差がさらなる食格差をもたらしているということである。これは経済効率性を優先したグローバルフードシステムへの依存がもたらした弊害である。

食はすべての人にとって最重要の関心事であり、すベての人に等しく供給されなければならない。しかし、世界の飢餓人口は増加しており、コロナ禍後は急増している。国連世界食料機関も有事の際の国単位ではなく、平時の、個々の世帯単位ごとで食料が十分に、安全に保障されるのかを問題にしている。食の分配、供給のあり方は社会が公正に運営されているかどうかのバロメーターになるのである。

 

東京都墨田区の危機感と「すみだの食育」

こうした食を取り巻く状況変化にいち早く危機感を感じ、対策をとってきたのが「すみだの食育」である。「すみだの食育」では、一般的な食育である「子どもの食」「健康増進」「地域の食材の活用」ではなく、「みんなが笑顔でたのしい食環境を通じて豊かな人生をおくる」という目標を掲げ、分野横断型で墨田区の食の環境を豊かにしようとしている。というのも墨田区には農業(第一次産業)がなく、そもそも食環境が豊かとはいえない。近年、各地で災害が頻発していることも相まって、「ここに住み続けることができるのか」という漠然とした不安を感じる住民も少なくない。

そこで「すみだの食育」では、区役所の20課のすべての課長に、食環境を豊かにするために各課でできることを講義してもらう連続講座を開催した。防災の担当課では災害時の食について、高齢者福祉の課では老後の居場所と地域の食、ごみ処理を担当している課ではフードロスといった具合にすべての課で食環境を豊かにする課題にアプローチしてもらおうという狙いである。

その講座を修了した受講生たちは、「すみだ食育goodネット」という会を組織し、「すみだ青空市ヤッチャバ」や参加型食堂「すみだ街かど食堂」など、住民主導で食に関わる取り組みを進めている。墨田区の元職員で「すみだの食育」を10年担当したAさんは、「地域に農業があるかどうかではなく、つながりがあるかどうかが重要だ」と話す。本来の食育、つまり食環境を豊かにするとは、人づくりであり、人と人のつながりづくりであり、食を核とした地域づくりであることが実感される。

 

ローカルフードというつながりづくり

このように食を核とした地域づくりは、まさにローカルフードシステムづくりである。これは、単に地元の食料を供給・調達するための流通網だけでなく、地域の問題を解決する重要な役割を担うフードシステムである。図に地域の課題を解決するローカルフードシステムの例を示した。耕作放棄地や担い手不足という課題に対しては、みんなの畑・みんなの田んぼをつくり、都市住民を中心にさまざまな人たちを援農隊として送り込む。
 
農村部だけでなく都市部でも高齢化した団地などが散見され、そこでは老後の居場所やコミュニティでの孤立化を防ぐために、市民農園がその役割を果たす。学校でも菜園授業が実施されると、不登校やいじめ問題の解決に結びつく。
 
食料不安やフードロスの問題は直売所を兼ねたフードステーションで、食の公平性の観点からで再分配が行われ、必要としている世帯への配分や、子ども食堂やフードバンクとの連携にも役割が果たせる。こうしたことは農村的資源と都市的資源を連携させ、社会課題の解決に結びつける一例である。お金でしか食料を手に入れられないのではなく、さまざまな手段を可能とするローカルフードシステムというつながりづくりが、私たちの食環境を豊かに変えることは間違いない。

 

■にしやま みま■

滋賀県生まれ、東京農工大学大学院博士課程終了。現在、宇都宮大学農学部農業経済学科教授。食と農を地域で結ぶローカルフードシステムや都市と農村の持続的関係について研究しながら、ゼミの学生たちと農村地域で空き家を改修し里山ゼミ室を開設した。その取り組みは藍や綿の栽培、耕作放棄地の棚田再生など、農村での暮らし全般に広がっている。