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よつ葉ホームデリバリー

2024年2月号(154号)-3

 

 

 

大地の生命力を見える化したら
永続する未来が見えてきた!

 

横山和成(立正大学地球環境科学部特任教授)

 

それは20世紀末に始まった…

 

 元来、私は土を介して植物を冒す病気「土壌伝染性病害」の病原体やそれに対する植物側の防御反応について、非常にミクロなスケールでの細胞学的解明を研究テーマとしてきた。長い歴史を有する農学のなかでも「科学的未踏領域」、つまり近代科学では歯が立たないと恐れられていた、土壌微生物生態系の包括的評価に挑戦するという無謀とも思える決断をした契機となったのが、1995年に全省庁の若手・中堅官僚を対象として、都内某所で開催された研修セミナーで拝聴したショッキングな講演であった。一連の講演に先立って研修全体テーマと目的説明のためになされた講演のなかで講師が放った文字通り、私の人生を大きく変えた言葉が、「2025年を覚えていてください!」だった。
当日から数えて30年後に起こると予想されていた不吉な未来は、人類の持続的生存に関わる帰還不能点(PNR)突破。それは①人口過剰、②農地不足、③化石エネルギー・鉱物資源の不足、④環境破壊、⑤気候変動などさまざまな負の遺産の相乗効果の結果として、人類の持続的生存にとって致命的な悪影響が2025年辺りについに顕在化するという忌まわしい未来予測だった。そしてその当然の結果として、自然発火する戦争…。

 

 

生命は生命によって育まれ、永劫の未来を目指す

 

  一瞬水を打ったような静けさに包まれたセミナー会場、参加者がそれぞれに思い描く未来思考の渦のなかに、その講師は満を持するようにこう言い放った。「人間が技術によって創り出した危機を終息させるのは、危機を上回り自然の運行を妨げない、地球と調和した技術である」これが、私に前述の未踏領域「土壌微生物生態系」の包括的評価技術の開発を決意させた瞬間だった。
当時、私が所属していた研究機関は、農林水産省 農業環境技術研究所の環境生物部微生物管理課、主として土壌肥料学分野と植物病理学分野をルーツとする研究者によって構成された第一級のプロ集団だった。しかし私が担当してきた現場で出会う高品質農産物を生み出しつづける生産者によって達成された「土づくり」の結果、病害発生を回避している土壌で営まれている病害発生抑止の科学的解明にはどうしても例の「未踏領域」への挑戦が不可避であった。
さまざまな試行錯誤の結果として最終的に試作されたのは、従来の常法であった土壌から微生物の分離を一切することなく、土壌中で生息した状態のまま微生物機能の基本である有機物分解反応の多様性とその旺盛さを、多種類の有機物について短時間で可視化する米国生まれの新技術と、その可視化情報を分析的ではなく包括的に数値化する技術を組み合わせることによって可能にした「土壌微生物多様性・活性値」であった。
この技術は2005年の農林水産省「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」に採用され、日本中の注目すべき農地土壌に適用された。高品質の作物を持続的に産み出す農地や、連作しても土壌伝染性病害の発生を抑止できる「病害抑止土壌」などでは、全国平均値を大きく上回る値を示すことなど、多くの現場実証を経て実用化され、現在では民間企業によって10年以上の運用実績を有している。この土壌の生物的豊かさの情報蓄積から、現場を悩ませる農産物の品質低下、収量減少、難防除病害虫被害など、さまざまな農業の持続性を妨げる大きな要因として、農産物の健全な成長と生命機能を支える最も重要な器官である根の発達不全や深刻な外生物による被害がある。それを回避するためには根部を取り巻く根圏土壌中に生息する微生物による生態系安定化が最も重要であることが明らかになった。
「作物は土によって守られ、土によって育てられる」といういにしえの至言は、鋭く正鵠(せいこく)を射ていた。そして「農産物を守り育てる土」の力の源は、1gの土のなかに億を超す数が生息し、近代科学の分析的探究すらはねのけてきた土壌微生物複雑系の大いなる営みだったのだ。

 

そして次の世界へ! 「日本から世界を変える」

 

人類の不吉な未来を予言したセミナーから10年を要して開発された「土壌微生物多様性・活性値」を用いて、世界の主たる農業国の土壌を調べてきた経験から、わが国の優良農地の生物的豊かさのレベルの高さは、世界ピカイチであることはここに明言しておきたい。このことが示していることはそもそもその高性能な土壌微生物生態系の近代科学の解析的手法さえ及ばなかった世界を、いともやすやすと手なずける生産者の超絶の知恵と技、そしてそれらを伝え、育ててきた文化の存在の力である。今後、「土壌微生物多様性・活性値」はその文化の一端を担う武器として、今まで以上に土の生命力を高める手法や資材、それらを活かす営農技術の客観的評価によって、人類の食料生産活動の持続化、地球との調和を可能にしていくだろう。であれば、最後に提案したいのはこの技術を核とした全く新しい農業資源の高付加価値化システム(下図)である。農地の生命力を可視化し「公開」することにより、その生産物自体の価値をさらに高め、その取り組みを医療福祉や学校教育と組み合わせる「農・福・学連携」ムーヴメントに育てることだ。この未来社会像は、間違いなく次の世界のスタンダードとなる。実際、埼玉県では先進的市民たちによる民間プロジェクトとして産声を上げつつある(注)。いよいよ2025年は目前…でも大丈夫! 旅はまだ終わらないー♪

 
 


 

(注)… 全国農福学連携推進協議会
「寺子屋えん」プロジェクト:https://terakoya-en.hp.peraichi.com/