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よつ葉ホームデリバリー

2024年10月号(162号)-3

「有機JAS」の最新動向

~拡大する陸上養殖の意義と課題

 

久保田裕子(日本有機農業研究会)

 

 

「有機JAS」告示を2024年7月に改正

 

 有機農業とはどのような農業か、有機食品とは何か。このような有機生産・加工などの国の水準(最低限の要件)を決めているのが「有機JAS」です。JASとは日本農林規格、ジャパニーズ・アグリカルチュラル・スタンダードの略称、「日本農林規格等に関する法律」(略称JAS法)に基づき、告示で決められます。
このほど農林水産省は6年ぶりに「有機JAS」(告示)を改正し、2024年7月1日に施行しました。大きな変更は記載様式の変更です。これまでは第1条、第2条というスタイルになっており、諸要件は表組みになっていましたが、その様式を他の食品のJASと同様に合わせて全面的にスタイルを変更したのです。たとえば、「5 生産の方法」「5.1 ほ場」「5.2 栽培場」というような数字の項目になりました。また、これまでの「別表」は「付属書」になりました。
この様式変更に伴う形で「有機JAS」全体も見直され、変更箇所が随所にみられます。たとえば、スプラウト類(もやし)に使える資材を増やしたり、使用可能な農薬の一部の農薬名をまとめたことなどです。ただし、今回とりたてて基準を緩くしたということではなさそうです。

 

様式変更で目立たなくなった有機の原則

 

 

 今回の様式変更でスタイルはすっきりしました。あえて難を言えば、これまでは第2条に「有機農産物の生産の原則」が掲げられていたところ、文章自体は同じで、「4」の項目に下がり、目立たなくなったことです。
「有機JAS」はグローバル経済のなかで国際標準とされるコーデックス委員会(FAO/WHO合同食品規格委員会)の「有機的に生産される食品の生産、加工、表示及び販売に係るガイドラインCAC/GL 32-1999」(以下、有機ガイドライン)との整合性が取られていますが、その基となったのは次にみる国際有機農業運動連盟(IFOAM-Organics International、1972年結成、以下、IFOAMアイフォームと略)の世界共通の有機農業の原則や認証基準です。日本の「有機JAS」の「有機農産物の生産の原則」はこのIFOAM基準と比べると、何とも見劣りするものになっています。

 

世界共通の有機農業の原則・基準の拡がり

 

 

欧米でも日本でも、有機農業は化学肥料の多投、大規模・モノカルチャー、大型機械化など「近代農業」「工業的農業」への反省・批判として始まり、伝統に立ち返り、それに本来の科学の光をあてて現代に活かす農業のあり方が目指され、実践されてきました。
IFOAMは欧米で活発になった有機農産物の輸出入やEU統合(1992年)を視野に、1980年代半ばから、国連機関とも連携しながら有機農業に関する世界共通の基礎基準づくりに取り組み、その基礎基準はEC有機指令(1991年)として反映され、さらにコーデックス委員会の有機ガイドラインの制定に大きく寄与しました。
2000年代になるとIFOAMには南米の農民による自然と共生するアグロエコロジー運動や、日本の「提携」(産消提携)と理念・方法を同じくするアメリカ、フランスなどのCSA運動(CSAは地域支援型農業。Community Supported Agriculture)〈注1〉などが参画するようになり、有機農業の原理(健康、生態系、公正、配慮)や定義が再編され、地域の生産者と消費者の信頼関係を基礎にしたPGS(参加型(有機)保証システム Participatory Guarantee Systems)〈注2〉も開発されて、運動の裾野が世界大に広がりました。それに合わせ、『IFOAM有機生産・加工の規範』も拡充され、現行2014年版は128頁に及ぶ「共通有機の諸要件と基準(COROS)」となっています。
世界の有機農業運動は地域に根ざす食べもの自給圏の取り組みが重視される一方、有機農産物等の輸出入もいっそう盛んになっています。政府間で「有機同等性協定」を結び、国内で有機認証を取得すれば、輸出先でも「有機」表示ができるようになります。日本は米国、カナダ、EU、スイス等と協定を結んでいます。この仕組みにより、基準内容の子細において異なる部分があっても、認証制度全体として「同等」と認めているということになります。

 

 

見劣りする「有機JAS」の有機の原則

 

 

ところで農林水産省は2024年7月改正に合わせて「有機JAS」の解説書『Q&A』を改訂しましたが、問10-10を新設し、「放射線育種」により開発した品種の種子を使うことは「有機」と認証して「問題ない」という見解を公表しました。これは「コシヒカリ環1号」や「あきたこまちR」など、重イオンビームを使って遺伝子を改変させた米やその後代交配種を想定しての新見解です。
世界共通の有機生産・加工の規範(IFOAM)では、育種について述べた項目(上記「共通有機の諸要件と基準〈COROS〉」)で、放射線を例に挙げて、「ゲノムは分割できない実体として尊重されます。植物のゲノムへの技術的介入は許可されていません」と、人為的に遺伝子を改変する育種技術を禁じています。「コーデックス有機ガイドライン」では、放射線育種の禁止は明記されてはいませんが、遺伝子操作技術を禁止する理由に、「自然突然変異の利用や品種間の交雑育種」以外を禁じているので、放射線育種も原則禁止されることになるはずです。
もしも、「有機JAS」の基準書に「有機農業の生産の原則」がEU有機基準やカナダの有機基準書のように詳細に描き込まれていれば、このような原則軽視の見解は出せなかったに違いありません。

 

〈注1〉… 消費者と生産者(農場)が協力して運営する地域型再生農業。消費者が代金前払いで「野菜セット」の定期購入の契約をし、農場や拠点で受け取る仕組み

 

〈注2〉 …有機JASもPGSも有機に関する認証制度には変わりないが、PGSは有機農業を核とした地域づくりの手法で、有機食材に関わる事業者や自然環境の保全が主なテーマになっている。