2024年8月号(160号)-3
TSMC熊本工場による地域リスク
藤原寿和(半導体研究会)
半導体産業TSMCとは?
半導体とはかつてはトランジスタに使用されていたことでなじみがありますが、今日では“産業のコメ”と称されて、小さいものではスマホやパソコンなどの生活必需品から大きいものでは自動車、発電所、新幹線、ロボット、ドローン、人工衛星などの産業用から、果てはミサイル、戦闘機などの軍事用に至るまで、多種多様な用途に使用されています。それだけに今や半導体は私たちが暮らしていくうえで必要不可欠なものになっています。
この半導体を製造する産業で世界でもトップクラスなのが、この度熊本に進出しているTSMC(台湾積体電路製造)です。本社は台湾の新竹市にあります。
地域にもたらす影響は?
なぜ熊本に進出なのか? 一つには、半導体「立国」を目論む日本政府(経済産業省)及び自民党政治家(甘利、萩生田)を中心とした議員連盟の動きと、ソニーやアップルなどが先導役となってTSMCの誘致活動を繰り広げてきた結果、国から手厚いバックアップが約束されていることにあります。そして立地条件的には九州地方は「シリコンアイランド九州」と呼ばれているように、以前から半導体関連産業の立地や操業が盛んであったことと、何よりも半導体製造に必要なクリーンな地下水が豊富に利用できること、大量消費する電力の確保や原材料及び製品の輸送路や販路の確保が可能であることなどの理由があげられます。
半導体誘致に前のめりになっている国や熊本県も、以下のようなメリットをあげています。①雇用の創出、②地価の高騰、③経済的波及効果(県の試算では、6兆8518億円)です。
しかし、このメリットはデメリットにもつながる要因となります。それはまず雇用の創出ですが、半導体製造産業には相当高度な学力、技術力が必要で、7千人必要とされているその大半は台湾本土からのエンジニア等の採用が予定されており、果たして地元採用がどの程度になるかは不透明です。次に地価ですが、今年2月の第1工場の開所式以来、第2工場、第3工場の建設の話も具体化してきており、そのためにすでに地価は高騰し、既存の農業や町の商業活動にも大きな影響が発生しています。
そして経済波及効果ですが、半導体関連企業の集積集中により一定の経済効果は見込まれるとはいえ、実際にはインフラの整備や既存農業の衰退、そして集積集中による交通渋滞や人口の急増などの逆効果も予測されるので、そのネガティブ収支は明らかにされていません。何よりもTSMCは相当の収益をあげたとしても、半導体の生産量の急増はやがて需要を上回る過大な生産による価格の下落や販売先の確保難などで、半導体産業全体の停滞をもたらすことは必至です。
さらには次に指摘するような環境汚染や火災・爆発などの災害の発生、大量の水や電力の消費による水資源の減少と電力不足など、エネルギー危機をもたらす恐れを否定できません。
半導体製造工場では多種多様な有害化学物質や火災・爆発を起こす危険な高圧ガスの使用による環境汚染や公害・災害は避けられません。現に毎年のように国内や海外で半導体工場の爆発・火災が発生して半導体製品の供給不足も頻発しています。
熊本の場合に懸念されるのは、飲料用水や農業用水は100%地下水に依存していますが、その地下水量の減少をもたらすことは必至です。また、韓国第一の半導体企業のサムスン電子では若い女性労働者の白血病やがんなどの多発が発生して損害賠償裁判が起きています。工場などで発生する労災・職業病は、その原因となる有害化学物質が工場外に漏れ出して地域での環境汚染の原因となり、いずれは健康被害の発生などのリスクをもたらすことになります。
なぜ危険な半導体産業の立地が認められるのか?
このようなさまざまなリスク要因を抱えた半導体産業の立地がなぜ進んでいるのでしょうか。こうした地域社会に環境汚染や災害などをもたらす工場の進出に当たっては、本来であれば「立地アセスメント」や「環境アセスメント」「災害アセスメント」などが行われる必要があると思いますが、ここに挙げた3つのアセスメントのうち法制化されているのは「環境アセスメント」しかありません。しかもその「環境アセスメント」もTSMC工場進出に際しては対象とされていません。
かつての日本では今回のTSMCの立地地域から40kmほどの水俣をはじめとする産業公害が多発したことから、工場立地法という法律があります。その第1条の目的には「この法律は、工場立地が環境の保全を図りつつ適正に行なわれるようにするため、工場立地に関する調査を実施し、及び工場立地に関する準則等を公表し、並びにこれらに基づき勧告、命令等を行ない、もって国民経済の健全な発展と国民の福祉の向上に寄与することを目的とする」とかつての公害多発に対する反省から、まことに理にかなった法律があります。
しかし、今回の社会的な影響が大きい半導体工場の立地に際しての適用はされていないのです。さらに問題なのはTSMC及び経済産業省並びに熊本県は事業開始に先立って、地域関係住民及び県民に事前説明会を開催し、事業の詳細な内容に関する説明と住民の心配、懸念に対して説明責任を果たさなければならないと思いますが、その手続きは一切行われていません。企業活動の詳細はベールに包まれたまま、年内には本格操業が見込まれています。
熊本地方は以前、大きな熊本地震があり、大変な震災被害が発生しましたが、またいつ何時、それを上回る地震が起きないとは言えません。その際に半導体工場はどのような影響を受けるのか、その災害アセスメントは全く行われていません。こんな不安材料を抱えたまま、操業に突き進んでいくことは絶対に認められないのではないかと思います。
政府としても多額の資金援助を行うことにしていますが、もし、「安全・安心」を脅かすような事態になれば、国としての責任は免れません。今からでも遅くはないので、本格操業開始の前に、しかるべき法整備と地域住民への「安全・安心」確保施策を早急に講じるべきではないでしょうか。
菊陽町にあるTSMCの第一工場