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よつ葉ホームデリバリー

2025年10月号(174号)-3

持続可能な産消提携 

-食べて支える仕組みの形成

 

 

山本 奈美

(明治国際医療大学)

 

 

 

 この記事に目を留めてくれた方の多くは「よつ葉の会員」さんだと思います。では、皆さんがよつ葉の会員を継続する動機はどのようなものでしょうか? 「安全な食べものを得たい」「有機農業や環境保全型農業などを実践する生産者を応援したい」「地域や地球環境を守りたい」のいずれかでしょうか。それとも複数でしょうか。
 
 関西よつ葉連絡会(以下、「よつ葉」)のような有機農産物の共同購入に取り組む団体は、「産消提携(以下、「提携」)」と呼ばれます。提携は都市に暮らす消費者が、農村で有機農業を実践する生産者を「食べることで支える」仕組みです。同時に、自らの食を農村に頼らざるをえない都市生活者の食卓を、安全な農産物の提供という形でつくり手に「支えてもらう」仕組みです。生産者と消費者がお互いに支え合う仕組み、という点がポイントです。
 
 提携がうまれたのは1970年代、公害が深刻な社会問題となり、多くの人が食の安全に対する不安を抱いた時代です。そんななか、「子どもたちに少しでも安全なものを食べさせたい」と集った母親たちが始めたのが、有機農産物の共同購入、すなわち提携でした。
 
 提携の会員たちは安全な食べものが失われた理由として、大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とする工業化された農業と食のあり方に着目しました。そして、都市生活者である自らの安全な食卓を実現するためには、有機農業者を安定的に支えることだと考え、有機農産物を継続的に受け取り、調理し、食べる、という日常の暮らしに根差した実践を活動の中心に置いたのです。同時に、消費者が農作業を手伝う「援農」(「縁農」と言う場合もあります)、食と農の現状や問題の理解を深める「学習会」、旬に沿った調理方法や保存食のつくり方を学び合う「料理教室」といった活動も展開されました。
 
 1970年代には有機農産物を手に入れるには、提携に参加するしかありませんでした。有機農産物を求めた消費者は、提携という仕組みを通して農業がいのちの共生と循環で成り立つ生態系に支えられていること、工業製品を画一的に生産するようにはいかないことなどを学びました。同時に提携は生産者が有機農業を実践し、地域特有の条件に即した経験と技術を積み重ねる機会と基盤を提供し、有機農業の発展に大きく貢献したといえます。
 

●持続可能なフードシステムの転換

 

 

 現在は、有機農業の技術はかなり進展し、有機農産物はスーパーや宅配などで簡単に購入できるようになりました。社会は大きく変化しましたが、提携のような取り組みはむしろ重要性を増しています。深刻化する地球環境問題に対する有効な解決手段のひとつとなり得るからです。
 
 現在、農業と食は地球環境に大きな負荷をかけています。食料の生産・流通・消費・廃棄といった各プロセスは、気候変動や生物多様性の喪失、さらには新型コロナウイルスを含む人獣共通感染症によるパンデミックなどの主要な要因であることを、多くの研究が明らかにしています。すなわち、現在のフードシステムは「持続<不>可能」であり、「持続可能」に転換することが急務なのです。そのためには持続可能な方法での食料生産を増やす必要があり、そのような「食べて支える」人の存在が不可欠なのです。
 
 このような危機感を背景に、国際社会では「持続可能なフードシステムへの転換」に向けて各国が連携して取り組むべきだとの認識が広く共有されています。ここでいう「持続可能性」の三本柱は、生態系との共生・ヒトや生きもの間のフェアネス(公正性)・活力ある経済です。この3つの概念を軸に生産方法、流通の仕方、調達の仕方、食べること、そして廃棄すること(しないこと)を大きく変革する必要があります。そして、変革が軌道に乗るために、私たち「食べ手」―社会のすべての人がそうです―ができることはたくさんあります。

 

 

●生態系や食文化の多様性を未来世代に手渡すために

 

 

 残念ながら日本社会では、有機農産物は「ぜいたく品」と理解されることが多く、このようなひっ迫した環境問題への危機感や、有機農業がもつ社会的課題解決に向けた潜在力について、広く共有されているとはいえません。このような風潮の問題は、二つあります。一つは有機農業が本来持っている社会的価値から切り離されていることです。有機農業は農産物生産以上の社会的な役割を担ってきました。たとえば農場や周辺地域の生態系を保全すること、生産者の健康的かつ尊厳ある労働と暮らしを保障すること、農村の存続と下支えする文化や景観を継承することなどです。有機農業からこういった社会的価値が切り離されると、価格や外観といった商品としての価値のみが強化されてしまいかねません。そして「効率性」の名のもとに、地域内での資源循環や生物多様性を守り生かすといった、手間のかかる取り組みが切り捨てられてしまう危険性があります。
 

 二つ目が一部の「意識も収入も高い人」が「気が向いたときに買う」だけでは、課題解決につながらないことです。社会の多くの人が有機農産物を日常的に食べるようになってこそ、有機農業に携わる力が発揮され、フードシステムが持続可能な形へと変化していくはずです。よつ葉会員の皆さんは冒頭に挙げた動機や価値を大切にしながら会員を継続しているかもしれません。経済的にも時間的にも「努力している」方も多いかもしれません。そのような皆さんの存在は重要ですが、より多くの人が「食べ手」になるよう、知恵を絞る必要があります。
 
 ここで必要となるのは、発想の転換です。そうした動機や価値の有無、あるいは経済的・時間的に「努力できるかどうか」にかかわらず、誰もが持続可能な農業を「食べて支える」ことに参加できる仕組みを構想する必要があるのです。「自分や子どもの健康が大事だから」「地球環境によい農法を支えたいから」と考える人だけでなく、そうした発想に触れる機会を持ち得ない状況にある人びとも参加できるような仕組みです。
 
 もちろん、「有機農家が無償労働をして激安価格で販売する」ことが解決策では決してありません。つくり手に尊厳のある仕事を保障しながら、食べ手も手に取りやすい価格で得られるような仕組みを構築することが求められています。まるで禅問答のように難解ですが、その解を見つけることは、現世代の私たちが享受している生態系や食文化の多様性を未来世代に手渡すためには不可欠です。解はひとつではないはずです。多くの人が対話を重ねるなかで、多様な解が生まれていくでしょう。そしてその先には、おいしくて健康的な食卓に加えて、幸せとウェルビーイングに満ちた暮らしをより多くの人びとが享受する、そんな未来社会があると信じています。