2025年2月号(166号)-3
令和コメ騒動と未来の食卓
松平尚也(農業ジャーナリスト)
昨夏、全国的におコメが品薄となり、スーパーの棚から主食のコメが消えるというニュースが連日話題となった。その後もコメ価格が高止まりし、コメ消費が減少するという状況が生まれている。日本の食卓に欠かせない主食であるコメ。いったいなぜコメ騒動は起き、価格高騰が続いているのだろうか。
●令和コメ騒動の背景
令和コメ騒動の引き金となったのが、昨夏のコメ需要と供給のひっ迫だ。その品薄の要因にはパンなどの食品価格が高騰し割安感のあったコメに消費がシフトしたこと、インバウンドによりコメ需要が増えたこと、などが指摘されている。コメ需給がひっ迫するもうひとつの要因となったのが、コメの民間在庫量の減少である。コメの民間在庫量とは農協など、コメの出荷団体や取扱量が多い集荷業者やコメ卸などの在庫量を月ごとに農林水産省が集計した量を意味する。
日本ではコメの収穫時期のピークは9月と10月であり、二毛作が可能なタイなどの東南アジアと異なり、年に一度しかコメが収穫できない。そのため7月と8月がお米の端境期となる。政府は6月末の民間在庫量が端境期前のコメの残りを示す量となるため、その在庫量統計を公開している。今年の在庫量は統計開始後、過去最低の156万トンを記録した。在庫量が少ないことが判明した後、コメ卸の業者が在庫確保に奔走しコメの集荷合戦が起こり、品薄に拍車をかける事態が生まれた。
一方で、コメの消費量は戦後一貫して減少を続け、コメは常に余ってきた。一人当たりのコメ消費量は、1962年度の118キロから年々減少し、2022年度は半分以下の年間51キロまで落ち込んでいる。1960年代約1300万トンあったコメの生産量は、現在約700万トンに減少してしまった。
●備蓄米の放出と買戻しとは何か
一方、日本では政府がコメを備蓄する「備蓄米」という制度がある。この制度は政府が毎年約100万トンのコメを備蓄し、不作や米不足に陥った際に市場に放出(供給)するというもので、平成のコメ騒動をきっかけに始まった。しかし備蓄米はお米が「大凶作」となるか「連続して不作」した場合でないと放出できないという法律の縛りがある。昨年のような流通におけるコメ不足だけでは放出できず制度の欠陥がある状況だ。
1月24日、農水省は備蓄米の限定的放出案を打ち出した。「限定的」の意味は今回の放出案が国からJAなどの集荷業者に一旦備蓄米を放出し、流通量が安定したら買い戻すという中身となっているためだ。その目的は集荷業者におけるコメ確保競争が激しくなっている状況の打開にある。
農水省は流通量を増やし価格を安定させ、民間在庫の供給を目指すということだ。実際、備蓄米放出のニュースが流れた24日、米の先物取引では価格が急落した。利ザヤを狙ってコメ確保に動いていた一部の業者が売り急ぎに出たためだ(「日本農業新聞」1月25日号)。ただし放出して在庫にした備蓄米を実際に販売するかどうかは今後判断するということであり、今回の限定的放出案が市場と流通にどういった影響を与えるかは不透明な状況だ。
●コメの品薄と価格高騰の根本原因
コメの品薄と価格高騰の大きな理由として指摘すべきは、グローバル化への対応として主食であるコメの流通を市場化した点である。それによりコメの需要が増えると価格やコメ在庫に影響が及びやすくなっている。さらなる問題はコメの需要と供給を単年度で均衡させるという単年度需給均衡論である。農水省はこの論に沿ってコメ価格を維持するために毎年余裕のないコメ需給を基本としてコメ余り防止を図ってきた。しかしそのことが、今回のコメ需給のひっ迫を引き起こすひとつの原因となってしまった。
政府は1970年代から減反政策といって、コメ生産を抑制する政策を展開してきた。減反政策は2018年に廃止されたが、コメの生産調整を政府が行っており、田んぼの約4割を休ませ麦や大豆に転作している。昨年の令和コメ騒動を振り返るのであれば、休んでいる田んぼがあるのだから余裕のある生産と供給が行えるよう政策転換が必要なのだが、政府はそうした修正に取り組みそうにない。そのため今年度も昨年と似た混乱が起こる可能性も指摘されている。
●コメ政策修正の方向性
最後に筆者が考える政策修正の方向性を示す。
コメ価格の安定と流通量確保のためにコメの生産調整を緩和し、余裕のあるコメ供給の実現に取り組むべきである。あるいは水田を守る直接支払い制度の導入が待たれるところである(石破首相は昨年9月の総裁選で生産調整見直しやコメ農家への直接所得補償に言及してきたが、就任後に変節した)。
主食のコメの安定供給は国家の義務であり食料安全保障の根幹である。そこでは市民が量と価格の面を含めて安心してコメを入手できる環境を整備することが求められる。
もちろん長期的なコメ価格の変遷を見ると、現在の価格は必ずしも高いとはいえないという視点も重要である。事実コメの30年前の価格は今よりも高く推移していた。茶碗1杯当たりの値段は約40円で、カップ麺約200円、菓子パン140円、ペットボトル飲料が1本150円となるなかで、お米は手頃な食材ということもできる。ただし注意すべきは日本では30年前よりは所得や食の格差が広がっているという現実である。その格差の視点からみると、現在のコメ価格は安心して主食を入手できるという水準にはないとも言える。農家側も同様の課題を抱えており、30年前と比べると肥料やエネルギーコストが約1.5~2倍に上昇している。
政策の転換が起こりそうもないなかで、大切なのは食べ手が農家とつながり、コメを通してコメづくりと農業の現状を知ることである。豊かなコメ文化を継続していくためには、コメ農家が農業を続けることのできる環境が必要だからだ。実際、日本のコメ農家数は減少しており、2030年には国内のコメ供給量が不足する可能性すら指摘されている。今必要なのは日本でコメを食べつづけられるための政策とそれを支える市民の食行動とも言える。私たちは令和コメ騒動をきっかけに、コメ食の未来について考えはじめる必要があるといえるのである。