2025年4月号(168号)-3
「国際プラスチック条約」と
プラスチック汚染の現状
海南友子(ドキュメンタリー映画監督)
長崎県対馬の海岸 目を覆うような大量の
海洋プラスチックごみが漂っている(撮影:海南友子)
現在、世界の海には毎年500mlのペットボトル5000億本に相当するプラスティックが流出しています。特にマイクロプラスティックは深刻で、血液からもコーラからも検出されています。深刻な現状を打開するため、今年、UNEP(国連環境計画)の元でプラスティックの国際条約が策定される予定です。策定されれば大きな転換点となる条約です。
現在、ドキュメンタリー映画監督である私は2026年公開予定の海洋プラに関する映画を制作中です。その取材の一環で2024年11月に「国際プラスティック条約」の5回目の政府間会合の取材のため韓国釜山に赴きました。国際会議の合言葉は「End Plastic Pollution」。世界で深刻化する「プラスティック汚染を終わらせる」の意味です。
●コーラからも血液からも検出
会議の議論について説明する前に、プラスティック汚染の現状について少し説明します。私がこの問題に関わるようになったのは、2022年にフルブライト奨学生として米国コロンビア大学で環境問題の専門研究員を務めたことがきっかけです。コロンビア大学の海洋プラスティックの研究者の第一人者であるジョアキム・ゴーズ教授は、小さな瓶に入ったいくつかのサンプルを見せながら「うちの学生が今年研究したサンプルの一部です。コカコーラ、ペプシコーラなど、米国人が日常的に飲んでいるソーダ類を使いました。その全てからマイクロプラスティックが検出されています」。
身近な飲料水に含まれていることを知らされ、とても不安になりました。世界9カ国で行われたペットボトル入りの飲料水の分析では、その93%の検体からマイクロプラスティックが検出され、水道水の81%からも検出されています。最近では胎盤や脳からも検出されており、その影響は計り知れません。
現在、世界で生産されているプラスティックの量は年間4億トン。1950年代に比べて生産量は200倍に増えています。レジ袋だけで年間5兆枚が消費され、今後20年でプラスティックの生産量は2倍、2040年には4倍に達するという予測もあります。海のプラスティックが今のまま増えつづければ、2050年にはプラスティックが魚の総量を超える予測もあります。WWF(世界自然保護基金)の委託で豪州の大学が行った研究では、人間が体内に取り込んでいるプラスティックは、1週間でクレジットカード1枚分(約5g)、1カ月でレゴブロック1個分(約21g)、1年でヘルメット1個分(約248g)にものぼっています。
●Profit(利益追求)のための条約なのか
では国際会議では条約制定のためにどんな議論が行われたのでしょうか? もっとも議論となっていたのは、「プラスティックの生産削減」についてです。
今回の条約が対象としているのは海洋だけではなく全てのプラスティックです。国際会議では終盤の大詰めまで、産油国を中心としたグループが、プラスティックが規制されることで自国の利益が失われかねないと、規制の対象が狭くなるように画策し、3年以上かけて積み上げてきた条約の議論を崩そうとする遅延行為が続きました。
そのため、連日、会議は中止や非公開となり、議論がブラックボックスになっていました。終幕まであと少しとなった11月29日夜、パナマ、フィジーなどの代表団が緊急の記者会見を開きました。パナマ代表は「People(人々)のための条約なのか、Profit(利益追求)のための条約なのか。」と問いかけ、ミクロネシアの代表は「私たちは漁業とともに生きてきたが、多くのマイクロプラスティックを摂取している。今後の健康被害の全容は世界の誰もつかめていない」と発言しました。また、フィジーの代表は「どんなに素晴らしいリサイクルシステムが構築されようとも、生産量の削減なくしてはザルである」と主張しました。
●海洋プラスチックの防波堤
釜山ではプラスティックの被害を受けている団体、例えば廃棄汚染に悩まされている先住民の方なども参加していました。日本からは長崎県対馬の行政と自然保護活動を担う「対馬CAPPA」が釜山入りしていました。現在、対馬の長い海岸線は歩くこともままならないほどの海洋ごみで埋め尽くされています。おびただしい数の漁具や発泡スチロールの海洋ごみは、近隣諸国から排出されたものが90%以上を占めています。
発泡スチロールなどは大きいうちに対馬で拾えなければ、砕けてマイクロ化したプラごみが、九州や日本海側の海岸にたくさん拡散してしまうため、対馬はいま海洋プラごみの「日本の防波堤」となっています。「対馬CAPPA」代表の上野さんは、「歴史ある対馬にはいまでも1300年前と変わらぬ美しい城壁や入江があります。僕らはカヤックでそれを案内しているんだけど、いにしえの光景のすぐ横に今は大量の海洋プラごみがある。どこかでプラスティックの出る蛇口をふさがないと、永遠に増えてしまう。歴史ある景観を未来に残せるか、いま瀬戸際にあると思います」。
国連のプラスティック条約策定のための準備会議は、実効性のある厳しい規制にするかを解消できないまま終幕を迎えました。本来は2025年の6月に策定予定だった条約でしたが、成立は遅れる見込みです。一般的なニュースでは「合意に失敗」という見出しが躍ったのですが、より実効性のある会議にするために、やむを得ない延期だと現場で取材した私は感じました。弱い条約よりは本当に世界の海や大地、そして生きものの生命を大切にできる条約の策定が待たれます。
「国際プラスチック条約」協定のための最終準備会合
(2024年11月釜山:写真提供:海南友子)