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よつ葉ホームデリバリー

2025年5月号(169号)-3

公共水道の未来を

市民が考え、選択する

 

橋本淳司(水ジャーナリスト)

 

 

わたしたち関西の水瓶と言われる琵琶湖

 

 

 

 

 

●昭和のシステムをアップデートする

 

今年1月、埼玉県八潮市で発生した大規模な道路陥没事故は、老朽化した下水道管が原因であった。実は、こうした陥没事故は全国的にも多く、2022年度には全国で2600件以上が報告されている。今後、さらに頻発する恐れがあるとされており、目に見えないインフラの老朽化が大きな課題となっている。国土交通省の統計によれば、日本全国の下水道管の総延長は約49万キロメートルに達しており、そのうち法定耐用年数である50年を超えた管が約3万キロにのぼる。この数字は10年後には9万キロ、20年後には20万キロを超えると見込まれている。つまり、今後数十年で日本の下水道インフラの大半が寿命を迎えるということである。
 
上水道、すなわち私たちが日々使っている飲料水の供給システムも同様に老朽化が進行している。特に高度経済成長期に整備された水道管が次々と更新の時期を迎えており、2021年時点で法定耐用年数(40年)を超えた水道管は全体の22.1%にまで達している。しかしながら、こうした老朽管の更新は十分に進んでいない。
 
背景には水道事業の経営難がある。人口減少によって水の使用量が減り、水道料金収入も下がっているからである。2024年1月時点での日本の人口は1億2409万人で、1年間で66万人もの減少があった。利用者が減れば、それを支える収入も減る。結果として、耐震化や老朽化対策への投資が進まない状況に陥っている。昭和時代の水道事業は人口増加や水質汚染といった課題に対して、大規模な設備投資によって対応してきた。しかし、現在の課題は人口減少社会に対応した縮小である。水道網という大きな傘をどう折りたたみ、どう小さな傘に差し替えるかが問われている。
 
こうしたなかで、岩手県矢巾(やはば)町はひとつの注目すべき取り組みを行っている。町民とともに持続可能な水道のあり方を考える「水道サポーター」の制度である。

 

 

●矢巾町の「水道サポーター」制度-対話から生まれる意識の変化

 

矢巾町の「水道サポーター」制度は2008年に始まり、現在も継続している。目的は住民と水道事業者が協力しながら水道の未来を考え、意思決定にも関与することである。町内在住の水道利用者であれば誰でも参加でき、1〜2カ月に1度のペースで開催されるワークショップには数1000円の謝金も支払われる。
 
初年度に集まった11人のうち、水道に強い関心を持っていたのはわずか1人だった。他の参加者は「時間に余裕があるから」という理由で参加していた。しかし、ミネラルウォーターと水道水の飲み比べ、浄水場の見学、水道経営に関する学習などを通して、参加者たちは徐々に「水道」への認識を改めていった。ある参加者はこう語っている。「水道は使えて当たり前と思っていたが、運営の仕組みや料金設定の背景を知ることで、当たり前ではないと感じるようになった」と。また別の参加者は「水道料金の多少の値上げは、将来世代への責任を果たすために必要な投資だ」と述べている。
 
矢巾町は2016年から、この「水道サポーター」制度に「フューチャー・デザイン」という新しい視点を取り入れた。これは大阪大学の研究者らが提唱したもので、住民が「40年後の未来人」として社会の未来を構想し、その上で今なすべきことを考える手法である。例えば、あるワークショップでは「40年後も安全で安定した水道を保つには、今どのような投資が必要か」を議論し、水道料金の値上げを提案した。この提案は町の政策に取り入れられ、実際に料金改定が行われた。私たちはとかく「今の自分たちの生活」を優先しがちであるが、将来の子や孫の暮らしに責任を持つという視点に立つと、負担を受け入れることも必要だと理解できるようになる。

 

 

●インフラを「未来から逆算」して考える

 

矢巾町はこの手法を水道分野にとどめず、町全体の将来像を描くためにも活用した。2019年から「未来戦略室」を立ち上げ、「フューチャー・デザイン」を町の総合計画づくりに取り入れたのである。公募で集まった28人の住民が6回にわたるワークショップを行い、「2060年の矢巾町」を未来の住民として構想。その上で、「2020〜2023年に何をすべきか」を提案した。「教育施設を核とした自然豊かな町」「テクノロジーと観光を融合させた町」といった未来像が語られ、当初は「道路整備」や「保育の無償化」といった現世代寄りの要望も出されたが、将来世代への財政負担を考慮し、最終的にはこうした提案は消えていった。
 

このプロセスの重要な点は「どのような町にしたいか」という未来像から逆算し、そのためにふさわしい施策を考えるという思考法である。目先の課題への対処に終始するのではなく、未来を見据えて主体的に選択する力が求められている。
 
矢巾町の取り組みは単なる住民参加を超えている。町の課題を「自分ごと」として考え未来を想像し、行動に移す住民を育てている。そして、そうした住民とともに考え、学ぶ行政職員もまた育っている。水道も道路も私たちの生活を支える「見えないインフラ」である。だが、それは当たり前に存在し続けるものではない。人口減少が進み、資源が限られるこれからの時代には、一人ひとりがインフラの担い手となる意識を持つことが求められている。水道の蛇口から出る水。その「当たり前」を守るために、私たちは今、どんな未来を選び取るべきなのか。その問いに答えられる社会を目指していきたい。