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よつ葉ホームデリバリー

2025年7月号(171号)-3

日本が欧米人から称賛された時代の食と農業

 

長谷川 浩(母なる地球を守ろう研究所)

 

 

 

日本が欧米人から「すげー」と称賛された時代があった。高度経済成長のことではない。開国したばかりの明治維新の時代だ。当時の日本を訪れた欧米人は、道すがらの庶民がとても幸せそうで健康的で、田畑はよく手入れされ、廃屋はほとんどなく、子どもの楽園であることに驚いた。当時のロンドンにはスラム(貧民街)があったが、江戸にはスラムはなかった。江戸では上水道が完備され、し尿は農家が有償で買い取ってリサイクルしていたのはご存知の通りだ。
 
当時、日本人の身長は低いものの、男はもちろん女も現金収入(アルバイト)のために米1俵(60kg)を担ぐことができた。山あいでは冬の現金収入のために炭を焼いた。男も女も焼いた炭を40kg担いで10km先まで売りに行った。人を乗せた馬を先導して一緒に走る別当という職業があった。別当は80kmを馬と伴走できたという。江戸と上方(京阪神地方)間の郵便をリレー形式で担う飛脚は最短3~4日で江戸と京都をつないだ。

 

●驚異的な身体能力の秘訣

 

驚異的な身体能力は日常の鍛錬に加えて、なんといっても食べものが重要だ。日本人の主食は米だと言われるが、すべての日本人が米、なかでも精白米を腹いっぱい食べられるようになったのは1965年(昭和40年)とごく最近のことだ。明治維新の時代に精白米を腹いっぱい食べていたのは江戸などの都市住民だけだった。白米に偏った食がカッケを引き起こした。カッケは別名「江戸患い」と呼ばれた。これに対して、圧倒的多数であった農家など地方の人たちは、米半分に大麦、雑穀、野菜、海藻などを混ぜたのが主食だった。糧(かて)飯という。
 

江戸時代、米は税金であり、換金作物だったので、農家は食べる量を節約する必要があったのだ。糧飯を食べれば「江戸患い」とは無縁で、それどころか糧飯を食べればカッケが治ることを経験的に知っていた。栄養学の進歩で、カッケの原因がビタミンB1欠乏症であることが明らかになったのはずっと後になってからだ。糧飯はビタミンB群の他に、食物繊維やミネラルを豊富に含んでいる。
 

腸内細菌叢の研究が進展すると、糧飯に含まれる豊富な食物繊維が腸内細菌叢の餌になることで、さまざまな生活習慣病を防ぐことが明らかになった。感染症防止、二型糖尿病改善、花粉症や食物アレルギー改善、肥満防止と糧飯は万能薬のように働くのだ。
 

味噌汁も毎日のように摂った。味噌は発酵食品で、常温保存できるタンパク質であり、さまざまな機能性を持つ。味噌の製法は江戸時代までに確立し、味噌汁も全国に広がった。味噌汁は時短料理で、ほとんど何でも具にすることでビタミン、ミネラル、タンパク質、食物繊維、水分を同時に摂取できる。糧飯と味噌汁を主とする食は極めて合理的であり、江戸時代のわれわれの祖先の驚異的な身体能力を支えたのだ。
 
江戸時代は鎖国だったので、江戸時代の日本の人口3000万人は国内食料に100%依存した完全自給だったことも授業で習った通りだ。当時の日本の人口密度は世界の4倍近くもあったのだ。なぜだろう? 日本は温帯モンスーンに属し、降水量は世界平均の倍近くもある。これほど水に恵まれた温帯は稀だ。雨が降れば作物は育つ。
 
江戸時代は平和な時代が200年以上も続いた。これも世界史のなかで極めて稀なことだ。戦争(人殺し)に勢力を注入する必要がなく、その時間とエネルギーが農業技術の改良に向けられ、農家による農業技術書(農書)が相次いで刊行されて技術改良を競った。明治時代に日本の農業を視察したアメリカ人でウィスコンシン大学の土壌学者キング教授は日本農業の技術レベルと持続可能性を賞賛した。アメリカ農業よりも日本農業の方がはるかに持続可能だったのだ。
 
江戸時代というと、支配層である武士に農家は虐げられた印象を持っている人がいるかもしれない。実際には武士は城下町に住んで、農村は農家の自治に委ねられていた。税金である米を納めるなど農家は義務さえ果たせば、農家の経営にも農村の自治にも自由があり、努力すれば報われたのだ。以上の総合的な結果として、江戸時代の日本は世界に類を見ないほど農業が発達した、筆者はそう考える。

 

 

●糧飯と味噌汁の食事を実践

 

農業が発達したので、食文化も発達した。なかでも特筆すべきは発酵食である。日本の発酵食は世界に誇る食文化だ。なかでも味噌、醤油でも活用するコウジカビは世界一である。
 
明治維新から150年以上がたった。日本から農家人口の減少が止まらない。日本の農業は絶対的縮小段階にあるほどの体たらくだ。あと10年で団塊世代の農家がすべてリタイアするが、全国の農地の2/3で跡を耕作する人がいない。世界に誇るべき和食も家庭で食べていない。そして2024年夏、「令和の米騒動」と言われる事態が起きた。米が都会のスーパーから消え、一年の間に小売価格が倍に高騰した。根本的原因は明治以来、150年以上にわたって農業、農村、そして農家をないがしろにしたツケなのだ。その原点は日本は遅れた国だと大勘違いをして、欧米コンプレックスを日本に植えつけた明治政府の支配層にあると筆者は考える。
 
解決策は日常生活に農業がある暮らし、農業がある暮らしを支える社会、農業による子育てと義務教育にあると考える。その第一歩として、われわれの祖先と同じように糧飯と味噌汁の食事から始めたらどうか。筆者自身、毎日糧飯と具だくさんの味噌汁を食べて、体調がすこぶるよい。健康診断もすべて「○」(正常値の範囲内)だ。近い将来、先祖と同様に強靭的な肉体を手に入れることを夢想している。
 
日本の国民医療費は40兆円を超え、大きな財政負担になっていることはご存知の通りだ。糧飯と味噌汁の、バランスのとれた伝統的和食によって国民医療費を大幅削減することも夢ではない。食事で病気を予防でき、生涯健康に現役でいられることは科学的に証明されている。参考に筆者の朝食の写真をつけた。今日(6/24)の朝食は玄米、もち麦、キヌアの糧飯と、新玉ねぎ、なめこ、いわしの味噌汁、大根おろし納豆だ。なお、玄米の糧飯は圧力鍋を使うとおいしく炊け、冷めてもおいしく食べられる。よく噛むことで頭もスッキリだ。
 


 

              
 

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