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よつ葉ホームデリバリー

2025年9月号(173号)-3

ホルモンや脳神経系を撹乱するシグナル毒性とは?

 

 

木村ー黒田純子

(環境脳神経科学情報センター)

 

 

 

1997年、コルボーン博士らが『奪われし未来』を出版し、環境ホルモン(内分泌撹乱物質)が話題になりました。合成化学物質のなかにはホルモンを撹乱する物質があり、それらが野生生物の生殖系に異常を起こし、ヒトでも精子減少が起こると大騒ぎになりました。世界中で環境ホルモンの研究が実施され、とくに話題になったのはプラスチック製の哺乳瓶にも使用されていたビスフェノールA(BPA)です。BPAは女性ホルモンに似た作用をごく低用量で起こし、子どもの発達に悪影響を及ぼすことが報告されたのです。他にもプラスチック添加剤や農薬などで、女性ホルモンや男性ホルモン、甲状腺ホルモンなどを撹乱する物質が見つかりました。
 
 体内のさまざまなホルモンは臓器や細胞にある各々のホルモン受容体(注)に作用して、心身の調節を担っています。体内のホルモンが低用量で作用するのと同様に、環境ホルモンも低用量で撹乱を起こします。従来の毒性学では毒物は濃度に比例して毒性を示すので、ある濃度以下では毒性が出ない閾値(それ以下なら安全な濃度)を決めることができます。ところが環境ホルモンは、ある実験条件で影響が出ない濃度よりも低い濃度で影響が出ることがあり、安全を確保できる基準値を決めにくいことが問題です(図1)。
 
 この低用量の影響は実験条件によって異なるため、研究者間でも論争になりました。さらに日本では御用学者が「環境ホルモンは空騒ぎ」と発言したこともあり、国内では環境ホルモンは大したことがないという風潮になりました。しかし、その後の多くの研究により、環境ホルモンはヒトの生殖系や発達期の子どもに重大な悪影響を及ぼすことが分かってきました。環境ホルモンは男女の生殖系に異常を起こし、不妊の要因となっています。また胎児や小児期に環境ホルモンを曝露すると、アレルギーなど免疫異常や、脳の発達にも異常を起こし、自閉症など発達障害のリスクを上げることが動物実験や疫学研究で明らかになってきました。
 
 そのため欧米、とくにEUでは環境ホルモンについて厳しい法規制を既に実施しています。一方、日本では子どもの玩具や食品包装容器などで一部規制しているものの、環境ホルモンとしての法規制はありません。国際的なストックホルム条約で有機塩素系農薬、ポリ塩化ビフェニール(PCB)、ダイオキシンなど難分解性・蓄積性の環境ホルモンについては規制されていますが、分解しやすいBPAなどは統一された規制はありません。
 
 環境ホルモン作用が研究で確認されている物質は、フタル酸エステル類(プラスチック添加剤)、ビスフェノール類(プラスチック原料や添加剤)、有機フッ素化合物PFAS、臭素系難燃剤、パラベン類(保存剤)、グリホサートやアトラジンなど農薬類などが挙げられています。用途はプラスチック製品や家庭用品など多様で、私たちは日常生活において環境ホルモンに囲まれた生活をしており、日本人の体内にも多種類の環境ホルモンが見つかっています。

 

 

 

●内分泌系、神経系、免疫系を撹乱するシグナル毒性

 

 

環境ホルモンの研究が進むと、合成化学物質の影響はホルモンの撹乱だけでなく、神経系や免疫系にも撹乱作用を起こす物質があることが分かってきました。それを示したのが菅野純博士が提唱した“シグナル毒性”という考え方です(図2)。従来の毒性では毒物そのものが蛋白質、DNAなどに機能異常を起こし、有害作用を生じます。シグナル毒性はそれぞれの受容体に作用して、有害作用を起こすのです。シグナル毒性物質はホルモン作用を撹乱する環境ホルモン、神経伝達を撹乱する殺虫剤など神経撹乱物質などがあります。シグナルとは信号、情報を表しており、生体内ではホルモンや神経伝達物質などさまざまなシグナル伝達により、心身の健康を維持しています。
 
 シグナル毒性は発達期の胎児や子どもにおいて、回復しない長期的な悪影響を起こすことがあります。内分泌系や脳神経系はホルモン、神経伝達物質や外部からのシグナルに対応して発達しますが、そのような時期(臨界期という)に撹乱されると生殖系や脳高次機能(注意力・記憶力・感情のコントロール)に回復できない異常を残すことが報告されています。大人は恒常性を維持する機能があり、脳の高次機能もでき上がっているので影響を受けにくいのですが、発達期の子どもでは大人で影響が出ない低用量でも悪影響が出ることがあるのです。そのため、それぞれのシグナル毒性に対して厳重な規制が必要です。

 

 

●地球や子どもたちを守るために

 

 

環境ホルモンや殺虫剤などのシグナル毒性物質が、生態系やヒトの生殖系や子どもに重大な悪影響を及ぼすことが分かっています。現在、シグナル毒性物質を多種類含むプラスチックによる環境汚染を食い止めるため、国連レベルで生産量や、シグナル毒性物質の規制が審議継続中です。プラスチックは医療など生活において欠かせないものがありますが、使い捨て製品などの使い過ぎは顕著であり、総生産量や含まれるシグナル毒性物質の規制が必要です。プラスチック以外にもシグナル毒性を持つ物質の法規制が整うには時間がかかるので、私たちはできる限りそのような有害化学物質を使わない生活を目指すことが必要ではないでしょうか。

 
(注)…ホルモンと結合して細胞内の反応を引き起こすタンパク質のこと

 

>より詳しい情報は9月7日に開催した講演会(https://kokumin-kaigi.org/?p=11602)や、ダイオキシン環境ホルモン対策国民会議のパンフレット(https://kokumin-kaigi.org/?page_id=10223)をご覧ください。