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よつ葉ホームデリバリー

2026年8月号(185号)-2

 

 

輪島の未来を信じて

 

 

■中道商店(石川県輪島市)
 

 輪島でよく行われている揚げ浜塩田とは異なり、釜も火も使わず、室内でフランス・ゲランドと同じような太陽と風が当たっている環境をつくり、奥能登・輪島の海水から製塩している。その塩は直火にあてず、ゆっくりと蒸発・濃縮させることで、素材に馴染みやすくなる。

 

 

中道さんと二人のお子さん

 

こんにちは! 中道商店の中道です。私たちは輪島で「わじまの塩」をつくっています。父がずっと続けてきた塩づくりをようやく任せてもらえるようになり、昨年代表に就任しました。そして、その後間もなく10月に双子を出産しました。初めての育児は想像以上に大変で毎日てんやわんやです。仕事面でも育児においても頼もしい母と、「輪島朝市」で金沢や全国を飛び回っている父と、漁がないときの輪島の海女さんたちや地域の方、たくさんの方の力を借りて支えてもらっています。
 
輪島や珠洲など奥能登の人口は、震災前に比べて若い方を中心に25%ほど減少したと言われていて、厳しい現実に直面しています。私が通っていた小学校も3月で閉校し、いくつかの小学校がひとつに統合されました。それでも私はこの地の未来を信じています。能登には昔から「能登はやさしや土までも」という言葉があります。厳しい自然のなかで育まれた人々の温かさや助け合いの気持ちは、今も変わらずこの地に息づいています。
 
私たちがつくる塩もまた、輪島の海の恵みそのものです。子どもたちが大きくなったときに、美しい海と豊かな文化、人のやさしさも変わらず未来に受け継がれてほしい。「輪島で暮らして幸せだ」と思える未来であってほしい。子どもが生まれ、そんな気持ちが強くなりました。復興への道のりは長いものになりそうですが、地域に根を張る事業者として、そして子を持つ親として、未来に希望を持ち、この地域に暮らす人々と一緒に歩んでいきたいと思います。能登のやさしさを力に変え、輪島の未来を信じて挑戦を続けていきます。    

(中道真奈美)

 

 

 

 

次の担い手を育成

 

 

■フードハブ・プロジェクト(徳島県名西郡神山町)

 

町役場、「神山つなぐ公社」、「㈱モノサス」が共同で神山の農業を次世代につなぐために立ちあげた。中山間地域では農業従事者の高齢化、耕作放棄地域の増加、それに伴う鳥獣害の拡大が顕著になっており、小さな生産と小さな消費をつなぐことで問題解決に近づけようと活動している。

 


 

新規就農のビーツ生産者の皆さん

 

 

 私たちは徳島県の神山町という人口4500人ほどの中山間地域で、軟弱葉物、露路野菜、すだちやキウイなどの果樹を栽培しています。町の農業者の平均年齢は71歳。次の担い手を育成して耕作放棄地になる前に農地を引き継ぎ、町の景観を守ろうと、2016年に設立されました。働くメンバーはほとんど県外からの移住者で農業も未経験。独立希望者は栽培技術や経営について研修し、農地は会社が借りた土地をそのまま借り受けて営農します。販売においても、「TUNAGU FARM」として自社農園も独立農家の野菜も一緒にグループで出荷することで、営業や発送のサポートを行っています。
 
今、お届けしているのは有機ビーツです。ボルシチに使われる真っ赤な根菜で、食べる輸血と言われるほど鉄分や葉酸、カリウムなどの栄養が豊富に含まれる野菜です。私たちのビーツは加熱するととうもろこしのような甘さがあり、ビーツの土臭さを感じないほどにおいしいです。丸ごとじっくりオーブンで加熱すると甘みが凝縮されて、オリーブオイルと塩をかけるだけでぜいたくな一品になります。時間がないときはカットして茹でてピクルスに。蒸しただけでも彩りの良い副菜になります。
 
栽培している私は大阪で会社員をしていましたが、フードハブで研修を受けた後、神山で独立就農しました。土づくりにこだわり、土壌分析をして不足しているミネラルなどの栄養素をたっぷりと補ったり、良いタイミングで間引き作業を行うことで栄養が集中した形の良いビーツがたくさんできました。ぜひ一度お試しいただけるとうれしいです。      

(松本絵美)
 

 

 

ちょっと寄ってみ。

 

多くの反省の下に生み出された9条

 

京滋産直会員 玉崎洋子

 

 

 

 

   こんにちは! 梅雨が明けて夏がきました。昨年は第2次世界大戦が終わって80年という節目の年でした。戦争を経験し語る方がどんどん減っていくなか、平和を希求し戦争を永久に放棄するとした憲法9条を実現し、私たち一人ひとりの心に刻み、次の世代につないでいくためにも滋賀に九条の石碑を建てようと、滋賀九条の会をはじめとする19団体が集まり協議しました。
 
そして三井寺の福家長吏(寺院の長官)と協議し、三井寺に石碑を建てることを快諾いただきました。「平和といのちをつなぐ碑(九条顕彰碑)を建てる会」が発足し、私も声をかけていただき代表世話人になりました。世話人の方々の募金の呼びかけが県内全域、県外にも広がり、たくさんの方の“平和を願い戦争を放棄する”という9条への想いが集まりました。「建てる会」も全国から寄せられた声とお気持ちに勇気と感動をいただきました。賛同人は1350人を超え、募金額は600万円を超えて目標を大きく上回り、それをも上回る皆さんの平和への想い、願い、祈りの大きさに胸がいっぱいになりました。
 
2025年11月3日に除幕式が執り行われ、福家長吏の素晴らしい文字が刻まれた、心の平和の砦となる立派な顕彰碑が建立されました。80年前の1945年11月に「戦争は人の心のなかで生まれるものであるから、人の心のなかに平和の砦を築かなければならない」とするユネスコ憲章が宣言され、日本でも「国際平和を誠実に希求し、戦争の放棄と軍隊の不保持」を明記した第9条を有する新日本国憲法が公布されました。
 
それは戦争で亡くなられたたくさんの方の命や傷ついた家族の方への被害の反省。そして他国に侵略し多くの命を奪った加害の反省。正義の名のもとに国民も国家とともに戦争に猛進していった反省。多くの反省の下に生み出された9条なのかなと思っています。そんな憲法9条の短く簡潔でかっこよすぎる文章が、こうして目に見える形で石に刻まれて、100年も200年もこの歴史ある三井寺に建ち続けると思うと本当に感無量です。
 
私はこのまま死んでも何も残るものがないけれど、私たちの命より長い時間、この世界をここで見続ける顕彰碑。そこに刻まれた文字が永遠に実現されますように、不断の努力が必要だなと思いました。