2026年9月号(185号)-1
よつ葉の学校・
関西令和の百姓一揆 共催
世界で最初に飢えないために
今年2月の末からアメリカ・イスラエルがイラン攻撃を開始しました。その報復としてイランはホルムズ海峡を封鎖、日本でも原油が高騰し食品包材などにも影響が出ています。石油が供給不足になれば、トラクターは動かせず、石油由来の肥料もなくなります。よつ葉の学校・関西令和の百姓一揆は7月11日、共同企画としてその世界的な状況を受け、講演会「世界で飢えるのは日本-一人で、家庭で、地域の中で、私たちにもできること」を開催し、元農水省の鈴木宣弘さん(東京大学特任教授)に日本の食糧自給率低下について、その問題点や政治的な背景をお話しいただきました。よつ葉の会員さんを含めて約250人の参加がありました。今回の講座では鈴木さんの要望もあり、よつ葉と関わりのある地域の生産者を中心に新たな取り組みの紹介をしていただきました。

講演中の鈴木宣弘さん
職員から
みんなでつくって、みんなで食べる
奈良産直 松本恭明
「世界で最初に飢えるのは日本」というタイトルを目にしたとき、それは言い過ぎではないかと思いました。ですが講演が進むにしたがって、納得へと変わっていきました。
日本の食料自給率は種や肥料、エネルギーの自給率も考慮すると38%どころか10%を切り、海外からの物流が停止したら世界で餓死者が最も多く出るのが、「日本」との試算があるようです。
さまざまな多くのデータを提示し、諸外国の事例を紹介しながら、減反政策・減産要請など日本の農業政策がいかに愚策であるかを解説してくれました。「今突きつけられている現実は食料、種、肥料、飼料、燃料などを海外に過度に依存していては、国民の命は守れないこと」「武器購入より農業支援こそが国防である」。まさにその通りだと思います。
現場である水田経営においては時給10円というデータもあり「この5年、10年で農家がいなくなっていく、残された時間は少ない」。このことは、農家だけではなく食べるものがなくなる消費者の問題です。また「市場価格と生産コストの差額を政府が交付金として直接負担すれば、消費者は安く買え農家の所得も確保できる」という指摘がありました。すぐにでも実現して欲しい政策です。
地域から自立を始め、国の自立へ
印象に残った言葉としては「飢えるか、植えるか」「ローカル自給圏」「みんなでつくって、みんなで食べる」。そうしたことを少しずつでも実践していくこと。地域で自然環境や健康を大切にしている農家さんから買って応援すること。まさに買いものは投票ですね。
また私たちにできることとして、耕作放棄地を耕したり、農業の学びの場や援農に参加したり、地域からの草の根運動が挙げられていました。「地域から自立、独立を始めて、国の自立、独立につなげていく」。世界で最初に飢えないためにも、みんなで一緒に考え人とのつながりを大事にして声を出して動いていきたいです。
また、吉村農園の吉村聡子さんから「化石燃料に頼りすぎない農業を目指して」というテーマで環境再生型農業を実践されているお話がありました。野菜の一部は能勢町の給食で使われています。社会福祉法人オリーブの会の勇川昌史さん(左に寄稿)からは、地域の方の協力やつながりのなかでされている農園事業のお話があり、誰もが生きやすい地域を目指して活動されています。三田オーガニックアクションの前田渉さんからは、地域の農地を守る田植えや稲刈りなどの農業体験の企画・運営と三田市のオーガニック給食を進める活動のお話がありました。いずれも、素晴らしい取り組みであり、関西よつ葉連絡会としても今後もつながり協力しあっていきたいものです。
登壇者から
小さなことの連続が社会をつくる
社会福祉法人オリーブの会/
京滋産直会員
勇川 昌史
鈴木先生が話しておられた食料自給率の話など、まず自分の食卓や地域を見返すとよく理解できるのではないかと思いました。講演会では福祉事業として農業に携わっているオリーブのの会の活動を紹介させてもらいました。
現在、私たちの畑の土づくりは落ち葉を堆肥化させたものを使用し、畑は露地、無農薬、無化学肥料でなるべく持続可能な栽培を心がけています。野菜は直売所を中心に地域の方々に購入してもらうようにし、製パン作業の原材料となり、スタッフの昼食やグループホームの夕食の食材となる。こうやって書いてみると、売上だけにこだわらず、畑が私たちの活動そのものをつくってくれているように思います。
また、自給率で見たときには肥料やエネルギーなどを勘案してもそこそこにいい数字を出せるのではないかと思います。そしてそのなかに障害がある当事者が当たり前として存在する。大きなことはできませんが、こういった地域での小さなことの連続が社会をつくり、動かしていくのだと思います。
ある障害当事者の研究者が「自立とはさまざまなことに依存すること」だと話しておられました。実はこの言葉は南アジアを研究された経済学者が言った言葉で、先進国は途上国に依存しているという文脈で使われていたようです。その意味で途上国の方が真に豊かだと。遠くの誰かに頼るのではなく、近くの顔の見える関係のなかで頼ることができる、そのような円環的関係性のなかでこそ、本当の意味での自立した個人が存在するのではないでしょうか。

オリーブの会の農作業
