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よつ葉ホームデリバリー

2026年9月号(185号)-3

 

 未来にタネをまく百姓たちと、

「食べる人」の私たちにできること

 

柴田昌平(映画監督)

 

 

 

 前作のドキュメンタリー映画『百姓の百の声』では、農業界のレジェンドともいうべき巨匠たちを訪ねました。あの公開から4 年、今度は全国の若き農家たちをカメラで追い続け、この秋、続編となる『百姓、わらう。』を世に送り出します。49 歳以下の農家は、日本の人口の0.1%――それは“ 絶滅危惧種” たちを訪ねる旅でもありました。
 
多くの人は農業に対して「キツくて儲からない」「高齢化でかわいそうな弱者」といったイメージを抱きがちです。しかし私が現場を歩いて出会ったのは、マニュアルが通用しない理不尽な自然を相手に自分の頭で考え、圧倒的な知恵で命を育む若者たち。巨大なシステムに飲み込まれず、自らの足で土に立ち、笑いとともに生きているのです。
 
たとえば、広島県で有機農業を営む森昭暢(あきのぶ)さん。彼は先人たちの知恵と最新科学を融合させ、慣行農法に劣らない高い生産性を実現しています。その秘訣は目に見えない土のなかの微生物の力を極限まで引きだすこと。その結果、週に1.5 日は休み、夕方6 時には仕事を終えて子どもをお風呂に入れる。自然環境を守ることと、暮らしの豊かさを見事に両立させているのです。
 
また北海道の酪農家、平石拓也・あゆみ夫婦。かつては1億円もの借金を返すために、170 頭もの牛を抱え、機械のように働く大規模な舎飼い酪農をしていました。そこから思い切って「放牧」へと舵を切りました。今は半分の80 頭。自然のペースに合わせることで、農場全体の労働時間はかつての1/20に激減。収入は減るが、支出も減り、収支はかえって改善。牛と家族の「笑顔」を取り戻したのです。
 
なぜ彼らは自立できているのか。強さの源泉は「土」にあります。現代の農業は土を「容器」と見なし、そこに肥料(有機物も含め)を注ぎ込んで作物を育てる形が主流です。しかし彼らは違います。見えない微生物たちと協働し、多様な命が息づく小宇宙として土を育て、100 年先の未来へと命の循環をつないでいるのです。人間中心の「コントロール」を手放すことで、外部の資材に依存しない自由を手に入れています。
 
ところで、私のこのドキュメンタリーの取材にはショッキングな転換点がありました。長期取材をしていた畜産農家が、借金によって倒産してしまったのです。アニマルウェルフェア( 動物福祉)に取り組み、環境に負荷をかけない牧畜へ転換しようとしていた、3世代が集う笑顔の絶えない家族でした。
 
国が進める「規模拡大」や「スマート農業」という効率化の波。一見すると経営改善に役立ちそうに見えます。しかし現場で起きているのは、機械を借金で買い、過労が積み重なる「終わりのないチキンレース」です。自分たちにとっての「適正規模」から離れてまで大規模化せざるを得ない農家の苦しさ。これでは子どもたちが跡を継ぎたいと思うはずがありません。

 

 

●市民と農がつながる大きな糸口

 

 

  

 そして、この苦しみを強いているのは誰か。実はこの国の農政は、私たち「消費者」に安く食料を供給し続けるために、農家に無理を強いるシステムでもある、というのが現場を取材してきた私の実感です。消費者の「安さ」を求める無自覚が、結果として農家の首を絞めているという現実を改めて思い知りました。

 
では、私たち消費者はどうすればいいのか。食のプロフェッショナルである『料理通信』の元編集長・君島佐和子さんは、映画の完成直後にご覧になり、こう評してくれました。「『百姓、わらう。』の全編に流れるのは『健やかさ』だ。人がいま求めるべきは、豊かさよりも『健やかさ』ではないか。本編のなかで提示される「400 万円」という年収を、金額だけで計ることはできない」。また同誌編集長の曽根清子さんも「加速度的に変化する社会に必死で追いつこうとする私たちに、“ 足るを知る”。彼らの姿は最先端に見えます」と言葉を寄せてくれました。ここに、市民と農がつながる大きな糸口があるように思えます。
 
映画の終盤、京都府南丹市の「田んぼの1年生」という取り組みが登場します。都市部に暮らす市民たちが、村の古老から鍬(くわ)一本で田んぼの未来にタネをまく百姓たちと、「食べる人」の私たちにできること畔(あぜ)をつくる技術を教わっています。重要なのは、彼らが農業体験としてではなく、水路掃除にも関わろうとしていること。単に「田植え体験」「収穫体験」ではなく、水管理も含めて市民が参加することで、耕作放棄を防ぎ、限界を迎えそうな山間の集落を維持する可能性を、この試みは示しています。
 

 厳しい気象、冷酷な農政のもと、喜怒哀楽のすべてを飲み込んで「わらう」百姓たち。その姿や「田んぼの1年生」の試みは、私たち消費者にひとつの問いを投げかけています。それは、ただ「買うだけのお客様」のままでよいのか、ということです。「買って支える」という言葉は、農家がたくさんいた時代だからこそ成り立つものでした。もはや百姓が激減していくなかでは、お金を払うだけではなく、彼らの「遠くの親戚」やパートナーとなる。さらに言えば、「ともに耕す」ことも必要になってきています。難しく考えることはありません。プランターで土に触れることでも、援農に行くことでもいい。自ら少しでも「農」に関わってみる。

 
そうすると百姓たちの知恵の深さに驚愕(きょうがく)することは間違いありません。これからの時代、食べる人とつくる人が知恵を分かち合い、食卓を守ること。それこそが現代における新しい「いりあい知」の形ではないでしょうか。食べる人から「共に創る人」になることで、私たち自身の暮らしも、健やかで軽やかに変わっていくはずです。

 

 

 

 

◎劇場情報
大阪:第七藝術劇場 10 月17 日(土)~
京都:京都シネマ  10 月23 日(金)~
広島:横川シネマ  11 月28 日(土)~